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仙台地方裁判所 昭和40年(ヨ)187号 判決

債権者 国鉄労働組合仙台地方本部宮城県支部長町車掌区分会

債務者 日本国有鉄道外一名

主文

債権者の申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

債権者訴訟代理人は、「債務者等は、債権者が仙台市長町大道西一番地所在コンクリート二階建建物中二階の長町車掌区乗務員詰所入口に『国労長町車掌区分会』と墨書した横二一センチメートル、縦八六センチメートル、厚さ三センチメートルの木製標札を取付けることを妨害してはならない。」との判決を求め、債務者等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、申請の理由

一、当事者

債権者は、日本国有鉄道仙台鉄道管理局長町車掌区(以下単に長町車掌区と略称)に勤務する職員一〇五名によつて組織する労働組合で、国鉄労働組合(以下単に国労と略称)、同仙台地方本部、同宮城県支部の下部組織であり、債務者松本猛は昭和三九年三月以降長町車掌区長で、債権者に所属する組合員の直接の上司であり長町車掌区乗務全般の管理運営を主な職務とするもの、債務者日本国有鉄道(以下単に国鉄と略称)は日本国有鉄道法にもとずいて鉄道事業を経営する公共企業体である。

二、被保全権利

(一)  国労の下部組織である多数の分会は、職場組織である関係上、その活動の中心的場所をそれぞれの職場内に置き、職員の休憩室、仮眠室、脱衣室等の職場内に組合掲示板、机、ロツカー、本箱、手提金庫等の備品を置いて(分会によつては、闘争時に利用する拡声器やガリ板、組合の指示通達文書、規約、協約類集が整然と並べられている。)組合費徴収、組合情報配布、分会ニユースの作成印刷、労働金庫貸付、国労共済業務、組合関係文書の起案、簡単な会議、郵便物の送達、来訪者との応接、物資のあつせん等の組合活動を行つて来たもので、対外的には分会の所在地として官公庁等に届出し、分会宛の郵便物はその職場宛で配達され、組合役員は分会所在地として職場の住所を名刺に印刷しており、これによつて職場内に組合事務所的な一劃が形成され、かかる場合職場の入口に国鉄の標札と並んで組合の標札が掲げられ、国鉄はこれに対して明示又は黙示の承諾を与えているというのが国労発足以来の全国的慣行である。

(二)  長町車掌区は昭和三一年四月一四日に仙台市長町大道西一番地所在のコンクリート造二階建の現在の建物(以下単に本件建物と略称)の二階に移転したが、債権者は移転前から職場に机、掲示板、ロツカー、戸棚、ボツクス等を置いて組合事務所を設けており、さらに移転後は長町車掌区乗務員詰所内に右物品のほか電気冷蔵庫等を置き(このうち掲示板と電気冷蔵庫以外は長町車掌区長より貸与をうけたもの)、国鉄の他の職場の分会事務所と全く同じような実態を備える一方、分会独自の責任においてラーメン販売活動、牛乳等の信用販売をも行い、また本件建物外壁の乗務員詰所入口向つて右側に、移転前から使用していた古い標札を取替え新たに「国労長町車掌区分会」と墨書した横二一センチメートル、縦八六センチメートル、厚さ三センチメートルの木製標札(以下単に本件標札と略称)をとりつけ(その後間もなく入口向つて左側につけ替えた。)また対外的には長町車掌区内を債権者事務所の所在地として官公庁等に届出し、債権者宛の郵便物も長町車掌区内という宛名で配達され、部外者も債権者を訪問して来たもので、このような状態が昭和四〇年三月五日まで続き、その間これについて債務者国鉄から何らの異議もとなえられなかつた。このように債権者は乗務員詰所内の一劃と本件建物外壁の本件標札掲示部分を自己のためにする意思をもつて占有して来たものであるから、これについて占有権(この権利は後記(三)の契約によるものであり、その背後に分会の存在、活動、その活動の場を保障する憲法第二八条の団結権があることはいうまでもない。)を有するものである。

(三)  また前項記載の事実は、債権者と代々の長町車掌区長との間で暗黙のうちに乗務員詰所内の一劃を、債務者が組合事務所として、その使用を禁止しなければならない合理的かつ緊急な理由が客観的に認められない以上、債権者が存続しそれが必要とする限り使用するという合意が成立し(その合意の中に、右場所を組合事務所として使用できることを表示するために本件標札を掲げる部分をも使用することが含まれる。)、これを代々の仙台鉄道管理局長が黙認することによつて債権者と債務者国鉄との間に右合意事項を内容とする使用貸借類似の特殊な契約が成立したことを示すものである。

この合意により、債権者は債務者国鉄に対し乗務員詰所内の一劃を組合事務所として、またその入口附近の外壁を本件標札を掲げるためにそれぞれ使用することを請求する権利を有するものである。

(四)  債務者松本は昭和四〇年三月六日債権者に対し、仙台鉄道管理局長からの指示であるとして本件標札の撤去を求め、債権者が拒否するや、同年四月二九日に、翌三〇日午前中に撤去しないときは実力で撤去する旨通告したうえ、同月三〇日に本件標札を撤去して持ち去り、債権者が抗議するや同年五月四日一旦これを債権者に返還し、債権者がこれを掲示するや再びこれを持ち去り、数回同様のことをくり返した後、同月一一日以降は同人が持ち去つたままとなり、このようにして債務者等は本件標札が掲示されていた外壁部分の債権者の占有を妨害したものである。

三、保全の必要性

(一)  債権者は占有保持の訴を提起すべく準備中であるが、本件標札は一〇年近くも組合員に親しまれて来たもので、組合事務所の所在を表示するためのもののみならず組合員の団結の象徴として欠くことのできないものであつて、本案判決の確定を待つていたのでは組合活動に支障が生ずるのみならず、債務者等の行為は、債権者の乗務員詰所内における組合活動までも否認することにつらなるおそれがある。

(二)  一方、債務者国鉄は、本件標札を撤去しなければその業務に支障をきたすおそれなど全くない。

そこで債権者の権利の保全をはかるため本申請におよぶものである。

四、債権者等の主張に対する答弁

(一)  債権者は独自の分会規約をもち、この規約中に組織、機関役職員、会計、会計監査などの事項を定め、現実にそのとおり運用されている。債権者は独自の組織、機関を有し独立の活動をしているので当事者能力を有するものである。

(二)  債権者と債務者国鉄間の使用貸借類似の契約が解除又は合意解除になつたことは否認する。両者間の合意は債権者が存続する限り効力を有するという内容のものであるから解約の申入れは効力がないし、また債権者代表者が長町車掌区長に本件標札を掲げないという約束をした事実はない。

第三、答弁および債務者等の主張

一、答弁

申請の理由一(当事者)記載の事実中、債権者が国労の下部組織であること。債権者松本、同国鉄に関する部分は認める(但し債権者松本が長町車掌区長となつた日は、昭和三九年二月一一日である。)。同二(被保全権利)記載の事実中、長町車掌区が昭和三一年四月一四日に本件建物に移転し、債権者が乗務員詰所内にある机を使用し、また同所内に掲示板を置き、同所入口に債権者主張のように標札を掲げて来たこと、債権者松本が昭和四〇年三月六日に債権者に対し本件標札の撤去を要求し、その後債権者主張のようないきさつでこれを撤去したことは認めるが、その余の部分および同三(保全の必要性)記載の事実は否認する。職場内で組合活動が行われてもその一劃が組合事務所になることはあり得ないうえ、債権者が乗務員詰所内で行う組合活動というのは、その室内の一隅にあつた机がたまたま空いているのを組合役員が組合費の計算などのために月一、二回使つたり、掲示板を壁にさげて組合員の連絡用にし、一部のロツカーを専用したり、組合専用の物入れを置いたりする程度のものであつて組合事務所たる実質は備えていない。債権者が乗務員詰所内にある債務者国鉄の机、ロツカー戸棚を使用しているのは、債務者国鉄が事実上の便宜を与え、債権者が単に事実上の使用をしているというだけであつて、債権者はこれについて占有権を取得するいわれもないし、債権者と債務者国鉄との間に何らの権利義務関係も生ずるものでない。標札の掲示についても同様である。また乗務員詰所は、線路に囲まれた鉄道構内にあつて、外部と隔絶しており、一般の人の立入りはできない場所にあり、分会宛郵便の配達もされていないし、部外者で訪う人も全くないのである。従つて、本件標札を入口に掲げると建物自体が組合事務所であるかのような観を呈して実質に合わないばかりでなく、組合活動自体からいつても標札は何ら必要なものでもなければ、現実の役にも立つていないものである。そこで債務者国鉄は、建物本来のあるべき姿とするために仙台鉄道管理局長の施設管理権にもとずいてこれを撤去したにすぎず、これによつて債権者の占有権を侵害するということはあり得ないものである。

二、債務者等の主張

(一)  債権者は独立した法人格がなく、すでに法人格を有する団体の一つの組織、部分にすぎないので、これに対し民事訴訟法第四六条の適用もないものであつて当事者能力を有せず、また債務者松本の行為は国鉄職員としての行為であり、個人としての行為でないから、同人は当事者適格を欠く。

(二)  仮に債権者と債務者国鉄との間に債権者主張のような使用貸借類似の契約が成立したとしても、そのうち乗務員詰所入口附近の外壁を本件標札掲示のために使用するという部分は昭和四〇年三月六日に、長町車掌区長が債権者に対し口頭で本件標札撤去の申入れをすることによる解約の意思表示により失効し、またそうでないとしても同年五月四日に長町車掌区長と債権者代表者との間で本件標札を掲示しないという合意が成立したことによつて合意解除されたものである。

第四、疎明〈省略〉

理由

一、(一) 債権者の当事者能力について判断する。

債権者が国労の下部組織であることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、証人新木修の証言、債権者代表者尋問の結果によると、債権者は長町車掌区に勤務する職員一一二名によつて組織され、国鉄労働組合仙台地方本部宮城県支部長町車掌区分会規約を有し、その規約中に債権者の決議機関として大会と執行委員会、役員として債権者を代表する執行委員長のほか副執行委員長、書記長、執行委員を置くことその他労働条件の維持改善、福利厚生、教養文化に関すること等債権者の事業内容と会計に関する事項等を定め、規約どおりの決議機関と執行機関をもつて活動しており、宮城県労政課発行の昭和三五年度同県労働組合名鑑にも国鉄労組仙台地方本部仙台中央支部長町車掌区分会として登載されていることが認められるので、債権者はその主張のとおり当事者能力を有すると認められる。

(二) 次に債務者松本猛の当事者適格について判断する。

債権者の主張によると、債務者松本は、債権者に対し本件標札の撤去を要求したりまた自ら撤去したというのであり、右事実は債務者等の認めるところであるが、債務者松本猛本人尋問の結果とこれにより成立を認める乙第五号証によると、同人がなした右行為はいずれも長町車掌区長としてその上司である仙台鉄道管理局長からの指示によつて行つたものであつて、同人個人として行つたものでないと認められるから、債務者松本は正当な当事者としての適格を有せず、同人に対する本件仮処分申請は不適法である。

二、債権者は、長町車掌区乗務員詰所内の一劃と本件建物外壁の本件標札掲示部分につき占有権または契約にもとずく使用権を有する旨主張するので、その事実関係を考察するに、長町車掌区が昭和三一年四月一四日に本件建物に移転したこと、債権者が乗務員詰所内にある机を使用し、また同所内に掲示板を置き、同所入口附近の外壁に本件標札を掲げて来たことは当事者間に争いがなく前掲甲第九ないし第一一号証、成立に争いのない甲第三号証、第七号証の一、二(原本の成立を含む)、乙第二号証、第六号証の一ないし三、被写体、撮影時期および撮影者につき争いのない甲第四号証(ただし写真一二ないし一五を除く。)、乙第三号証の一ないし四、第七号証の一ないし一一、証人新木修、室井文夫の各証言、債権者代表者および債務者松本猛の各尋問の結果によると、(一)長町車掌区は、線路に囲まれた長町駅構内にあつて、外部と隔絶しており、一般の人の立入りはできない場所にあり、ここに出入りする者は国鉄職員のほか、商人、保険外交員や仙台地区労、債権者の上部団体の関係者等特定少数の者に限られていること、(二)長町車掌区乗務員詰所ならびに休養室の配置図は別紙記載のとおりであつて(三)債権者(組合専従者や組合雇用の事務員はいない。)は、乗務員詰所内の出入口近くにある机〈1〉の附近に掲示板〈1〉〈2〉をかかげ、この机に接続して設置されている四八個の保管箱(ロツカー)のうち机と反対側の端にある二個〈3〉に債権者の物品を保管し、当直室に通ずる出入口附近に冷蔵庫〈4〉を置き、また乗務員詰所に隣接する休養室の畳敷の部分にある書類戸棚、保管箱等〈5〉に債権者の物品を保管し、右机を使つて月一回組合費の徴収、月平均二回発行する分会ニユースの配布、発送の準備をしたり、年一回役員、代議員選挙の投票の際に利用し、その他時々組合情報の整理、労働金庫貸付、国労共済業務等をしているが、これらはいずれも若干の時間しか使わないので椅子もなく通常立つたまま仕事をしており、平常は職員の携帯品置場として利用され、日常掲示板を用いて組合情報の掲示をしたり、冷蔵庫を使つて牛乳販売をしたりし、かつては乗務員詰所内において簡単な会議を開いたこともあること(右物品中、掲示板二個、書類戸棚等は債権者、冷蔵庫は業者所有のものであり、他は債務者国鉄所有のものである。)、(四)前記分会規約第一条には債権者の事務所を長町車掌区に置くと定め宮城県労政課発行の前記労働組合名鑑には債権者の所在地として長町駅構内と表示され、債権者の役員はその所在地を長町車掌区と名刺に印刷しているが、その実態は右のとおりであつて、債権者宛の郵便物は直接乗務員詰所に配達されず長町駅事務室にある区分箱から同所内に回付されて来ること、(五)国労、同仙台地方本部、同郡山、会津若松各分会協議会は建物を所有し、その敷地を債務者国鉄から、同宮城県支部、福島県支部、東北自動車支部、郡山工場支部、同小牛田、長町各分会協議会は建物、敷地とも同債務者からいずれも使用承認書の交付を受けて借りているが、債権者は、乗務員詰所ならびに休養室内の右使用部分につき債務者国鉄から使用承認書の交付を受けていないことはもとより明示の使用承認を得ていないこと(右後段の点は債権者も認めるところである。)、以上の各事実が一応認められる。

右の事実関係からみると、債権者使用部分は、債務者国鉄が本来の業務のため使用している乗務員詰所内や休養室内のごく一部分に分散して所在し、それら室内は当然のことながら日常車掌区の業務のため使用されており、債権者の組合活動はその業務の合間をぬつて業務の妨げにならない限度で若干の時間行われているにすぎなく、右使用部分につき債務者国鉄が使用承認をしていない(日本国有鉄道土地建物貸付規則参照)ものであつて、同債務者が長町車掌区乗務員詰所ならびに休養室の一部、備品を債権者に対し貸借契約によつてではなく管理作用にもとずいて事実上使用させているにすぎないとみるのが相当であり、債権者が、その主張のように乗務員詰所内の一劃と本件建物外壁の本件標札掲示部分につき独立的な所持を有し、あるいは黙示の契約にもとずく使用権を有するとは推認されない。

三、以上のとおり、債権者の本件仮処分申請のうち債務者松本に対する申請は、同人が当事者適格を欠くことにより不適法であり、債務者国鉄に対する申請は、その被保全権利の存在が疎明されないからいずれも却下すべく、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 安達敬 斎藤清実)

(別紙図面省略)

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